山野本竜規の続・ナカトリモチ日記
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2024年6月9日(日)、5年ぶりの福岡ナカトリモチ勉強会を開催します。
*県内、県外の土地家屋の鑑定、お祓い随時受付中です。                     

老いや病気、死別も人生の機微を学ぶ機会。

2019年11月08日

老いや病気、死別も人生の機微を学ぶ機会。 老いや病気、死別も人生の機微を学ぶ機会。

今日から3日間、愛知県出張なのですが
初日から事務上のミスをやらかしまして少々、焦ってしまいました。

冒頭の写真がそれなのですが、いつもカウンセリングや勉強会の講演で利用している施設の
利用承諾書を沖縄の自宅に置いてきてしまい、再発行してもらうという、汗。
しっかり赤文字で「再発行」と書かれていますが、ご迷惑をおかけした後ろめたさもあり、
この赤文字から妙な圧を一方的に感じてしまったほど、「ゴメンなさい。」と平謝り。

書類を自宅に忘れたことに気づいたのは那覇空港に到着してすぐのことでしたが、
既に時遅しで、また空港から自宅に戻って書類を取ってくる時間はなくて
ソワソワしながら飛行機に搭乗し、とりあえず現地に到着して真っ先に会場へ向かい、
事情を説明して何とか事なきを得たという・・・。

1つ告知ですが、明後日、日曜日の午前11時30分から実施される
愛知県東海市でのナカトリモチ勉強会の講演は、
当日受付も行っており当日直接会場にお越しになられても大丈夫ですので、
もしお時間のある方がいらっしゃいましたら是非、お越し下さいませ。

会場は名鉄・太田川駅の目の前、徒歩30秒のところにある
東海市芸術劇場で、とても綺麗な施設です。
開場と受付開始時間が午前11時15分からで、11時30分開始となりますが、
施設の周りにはコーヒーショップや色々なお店などがあり、
講演会前後、ゆっくりそれぞれの時間を過ごすことも出来る便利な場所にあります。

老いや病気、死別も人生の機微を学ぶ機会。

一応、来年1年間は、病気療養のため土地家屋の鑑定お祓いの仕事を除いて、
カウンセリングや勉強会の講演など定期的な仕事は全て休業することが決まっており、
愛知県への出張も来年1年間はお休み、今回が一区切りになる節目でもあったのですが、
その節目が、この有様なのですから、本当に情けない限りです。

まぁ、これも普段の抜けている性格に加えて、病気の影響ということにしておきますが、
改めて海外で入院して帰国後、色々な意味で気力体力が落ちていることを実感しております。

そう、こんなに綺麗で素敵な会場を使わせてもらうのに、
その会場の利用承諾書を忘れて、受付で再発行してしもらうというミスを
出張初日にやらかしてしまったのですが、こういう凡ミスが格段に増えてきたことも
来年1年間、しっかり休養しようと決意した要因の1つでもあります。

とにかく40代に突入してのここ数年間は、
これまでだったら考えられないような事務作業上のミスが出てきたり、
(東京の東久留米と福岡の久留米駅東口のホテルの予約を間違えるとか、汗)
全く苦にならなかった県外出張の移動の疲れが如実に出てくるようになって
それが体調にダイレクトに影響することが増えてきました。

これも中年になって向き合わなければいけない自分自身の課題でもあるため、
全く悲観的になるということはないのですが、
無理は出来ないし、身体を壊してまで仕事を最優先にするような人生を送ることは
僕の性分には全く合わないため、加齢による色々な変化を素直に受け入れて、
その時、その時、出来ることを考えるのみです。

振り返れば、30代の頃までは気力体力も有り余るほどあり、
多少の無理をしても身体に影響が出ず、とにかく出来る限りのことを
やり尽くして駆け抜けてきたような気がします。

それはそれで充実したものだったと感じていますが、
それと同時に、心と身体が思うようについていかなくなることを実感する機会が増える
40代からのほうが、より深みのある人生の機微を感じることが出来るのではないかなと
静かにワクワクしている自分がいるので、これも不思議です。

老いを憂うのではなく、年齢や経験を重ね、
思い通りにいかないことが更に増えてくる年齢に差し掛かってきたからこそ見えてくる世界、
自分との向き合い方、他の人との向き合い方の幅が広がっていくような気がして、
それが1人の人間として素直に嬉しく感じるのです。

ちょうど昨日も今から20年前、大学卒業直後に入社した会社で
とてもお世話になった大先輩の訃報を、自宅に送られてきた社報で知る機会がありました。

老いや病気、死別も人生の機微を学ぶ機会。

僕が入社した当時、既にその方は定年退職されていて再雇用で
アナウンサー仲間として会社で働いておられた素敵な女性で、
まるでお母さんのように温かく優しく見守って下さった方でもあります。

実際、僕の母と年齢も同じくらいで、
当時若くて今以上に世間知らずだった僕が組織で働く際の理不尽な出来事に右往左往して
悔し涙を流したり、直接上司にぶつかって落ち込んでいると必ずそっと近くに来て
「山野本さん、あなたは間違ってないわよ。大丈夫だから。」と
組織の外から助けてくれる恩人でもありました。

その方の優しい笑顔と素敵な声、僕は一生忘れることはないでしょう。

40代、50代になると、これまでお世話になっていた人や
知人、友人、親戚などが鬼籍に入り、その知らせに触れる機会が格段に増えてくるものです。

そのお別れは、大切な人、お世話になった人であればあるほど、
心に棘が刺さったかのような独特の寂しさ、悲しさを感じてしまうものですが、
そういう経験ですら、僕は人生の機微を知る良い機会だと思うのです。

悲しいのは悲しいし、寂しいのは寂しい。
けれども、自分の生活は当たり前のように目の前にあり、やるべきことがあり、
普通に時間も1日、1日、過ぎていく・・・。

そんな中で自分が出来ることも、出来ないことも、
嬉しいことも、悲しいことも清濁併せ呑みながら、一体、自分はどんな生活を
送っていきたいのかを改めて考えながら、今出来ることをやっていく積み重ねは、
人として何よりも健全な在り方だと常々感じています。

何も特別なことをやらなくても、何かしらの功績や実績を残さなかったとしても、
それでも直向きに色々な人生と向き合いながら、
懸命に日々の生活を送っている人たちの姿が僕にとっては何より励みになり、
自分自身の生きる力に繋がっています。

人の人生はいつどこで変化する分からないものであり、
変化し続けていくものだからこそ、その変化に合わせて自分の生活を
その都度、組み立てていけたら理想的ですね。

今、僕は以前のように当たり前にこなせていた事務作業や
これまで全く苦にならなかった県外出張が体力的に難しくなっています。
病気の影響もありますが、これも僕自身の変化の1つであり、
だからこそ、今の自分に合った生き方を再構築していくタイミングでもあるのだろうなと思います。

そしてそれが悲壮感が漂う訳でも、嫌な訳でもないんです。

むしろ静かにワクワクしています。
「これから先、どんな人生の広がりが待っているのだろうか。」と。
さっ、とりあえず気持ちを切り替えて今滞在している愛知県での仕事に専念しますね。
東海地方でお会いする予定の皆様、どうぞ宜しくお願い致します。



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Posted by 山野本竜規 at 15:42 │日常