山野本竜規の続・ナカトリモチ日記
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幸せな掃除は、想いと身体と手を使う。

2013年12月24日

幸せな掃除は、想いと身体と手を使う。今日はあっという間にクリスマスイブ。

昨日が3連休最終日だったので
早めにクリスマスのイベントを終えて
そろそろ年越しに向けての準備を始めて
おられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

僕は昨日、言霊の書き下ろしのために8日間
引きこもっていた自宅のエネルギー、空気を全て入れ替えるため、
あまり汚れてはいなかったのですが
全て掃除機をかけて、埃と付着したエネルギーを吸い取り、
窓という窓を全開にして新鮮な空気を取り込み、
雑巾で床拭きをして、自分なりのお祓い、空間浄化を行ないました。

全ての作業でも1時間弱で終わったのですが、
これで気持ちも来年に向けて動き出し、
心身共に健やかな状態で年越しを迎えることが出来そうです。

年末の掃除とエネルギーの関係性については、
以前のブログでご紹介しているので
ここでは詳しくはお伝えしませんが、
ここ近年は掃除グッズも色々充実していて
掃除機を自らの手で動かさなくても、自動で掃除をしてくれる
円盤型のロボットのような機械まであり
本当に便利な世の中だな・・・と感じています。

確かに外出中などにスイッチをオンにしていれば、
勝手に部屋の中をグルグル動き回って、
勝手にゴミを吸い取ってくれるのですからラクですし、
効率的と言えば、効率的。

ただその自動掃除機が流行する随分前、
多分、今から12年ほど前だったと思うのですが、
メカ好きの友達が外国製の自動掃除機に関心を持ち
即購入して、しばらくの間愛用していたら、
とんでもない珍事件を起こしてしまい、
その顛末をわざわざ僕に写真付きでメールで送ってきたことがありました。

学生時代からの長い付き合いになる馬鹿友達なので
お互いの笑いのツボというものをよく知っており、
僕が最も反応しやすいであろう、最強の珍事件ネタだったので
そのメールを読み終わった後、すぐに友達に電話をして
「うわっ、バカだよね~。」と笑い合ったのを覚えています。

その顛末とは、友達が自動掃除機をオンにして
その間、2時間ほど外出をし、買い物を終えて帰宅してみると、
なんだか、自分の家なのに、部屋の中がやけに「匂った」そうです。

何の匂いかと言うと、「う○ち」の匂い。

当時、1人暮らしだった友達は小型犬を室内で2匹飼っていて
その匂いの元凶となったのは、そのペットのものだろう・・・と確信したそうです。

電気をつけると、案の定、ペットのう○ちが床にくっついており
「あぁ、やられた。」と思って床を拭こうとした瞬間、
どうやら様子がおかしいことに気づいたらしく、
「あれ?一カ所だけじゃなくて、広範囲に点在している・・・。」と
そのう○ちの跡を辿っていくと、
自動掃除機でピタリと止まっていたそうです。

本来なら一カ所で済んだはずの、犬のう○ちの処理と掃除が
その自動掃除機の余計なおせっかいのおかげで、
部屋中にう○ちが拡散してしまい、床やカーペットなど
あちらこちらに、ペットの産物がまき散らされてしまった・・・という
なんとも、アホな友達らしい失態だったのです。

その事件があって以来、友達は
その自動掃除機を一切使わなくなった・・・と言っていました。

ここ最近、情報ツールが発達してきた影響で
この自動掃除機によるペットのう○ち事件は、
案外、世界各国、どこでも起こっているようで
ネットで検索すれば、友達と同じような珍事件を目の当たりにした人の
部屋の様子が撮影された動画まで登場しているほどです(笑)

友達が自動掃除機による珍事件を経験したのが
もうかれこれ12年ほど前ですから、
ここ最近、更に進化したであろう自動掃除機たちの
「余計なお節介」は、もっと無残な状況を生み出しているのではないでしょうか・・・。

昨日、偶然、その馬鹿友達と
久しぶりに電話で話をしたのですが
昔話と一緒に、その自動掃除機の珍事件の話と
今でも同じような余計なお節介の被害が続出していることを伝えたら、
「知ってる、知ってる、その話。でもね、その先駆者は、確実に自分だと思うよ。」と
どういう訳か、自信満々に胸を張って誇りに感じていたようだったので
やっぱり、相変わらず、こういうヘンなところは変わっていないな・・・と
ある意味、ホッとして話を終えた次第です。

ペットを飼育されている皆さん、
自動掃除機とペットのウンの相性はあまり宜しくないようですので
どうぞ、お気を付け下さいね。

閑話休題。

ついつい話が大幅に逸れてしまいました(汗)

今日のテーマは、自動掃除機の珍事件がメインではなく、
この自動掃除機、エネルギーの観点から捉えるとどうなのか・・・という点が
お伝えしたかったのです。

僕は、ペットを飼っていないので、
もし関心があれば、自動掃除機が流行し始めた頃に購入していたと思います。

でも、これまでも、そしてこれからも、僕は身体が動くうちは
この自動掃除機のお世話にはならないと思います。

「目に見えるものが全て」「結果、成果、効率=成功が全て」という
欧米寄りのバリバリの物質的価値観を持つからすると、
この自動掃除機は、とても有能で重宝がられる存在です。

しっかりと「目に見える」ゴミや埃を吸い取ってくれるのですから。

はい、もうこの時点で僕が何をお伝えしたいのか
ご理解頂ける方が多いのではないでしょうか。

「目に見える」ゴミや埃は確実に綺麗に吸い取ってくれますが、
「目に見えない」ゴミや埃のような人の負の想い、付着したエネルギーは
機械だけでは、絶対に吸い取ってくれないのです。

掃除は家のゴミや汚れを取るもの・・・という側面だけを重視して
「それで良し」とする価値観の人たちであれば、
勿論、「それで良し」ですし、僕があれこれ首をつっこむこともありません。

あくまで人生は自由で、その人次第ですから。

ただ、もし、掃除は家のゴミや埃だけを取るものではなく、
そこに見えないかも知れない、感じないかも知れないけれど
しっかり付着している「見えない」エネルギーもある・・・ということを
自覚している人や、そのような価値観を持つ人たちであれば、
僕は声を大にして、「自動掃除機に頼るのは止めましょう!」とお伝えしたいと思います。

普通の掃除機も機械、自動掃除機も機械。

本来であれば同じ機械であるはずなのに、どこに違いがあるのでしょうか・・・。

それは掃除をする際に、機械を介していたとしても
直接的に掃除をする人の想いや心が籠っているかどうか、
要するに、人のエネルギーがプラスされてこそ、
ようやく、そこには、物質的、エネルギー的両方の掃除が出来るものなのです。

人の手というのは、それだけ大切。

ただボ~ッと掃除機をかけるのと、しっかり心を込めて
「この家で過ごす人が健やかで幸せに暮らせますように。」と思いながら
掃除をするのとでは、
物質的には同じ綺麗な状態を保てたとしても、
エネルギー的には、その差が歴然としているものなのです。

掃除機をかける際は、丹田と呼ばれるおへそから数センチ下の部分に
しっかり力を込めて、どっしり構えるように、
悪い想いや想念をしっかり吸い取るような意識で掃除機をかけると
見事なまでに、部屋の空気が良くなります。

たとえば、家の中で夫婦喧嘩や子供同士の喧嘩があった後とか、
喧嘩までいかなくても、落ち込みが激しかったり、
悲しいことや辛いことがあった後、
はたまた、何かに没頭して独特の雰囲気のまま長い時間過ごした後など
すぐに掃除機をかけて、丹田に力を込めて掃除をすると
そういった負のエネルギー、滞りやすいエネルギーは
全て一掃されますので、その効果も抜群で、後を引きづりません。

つまりは、たったそれだけの意識をもって掃除機をかけたり、
雑巾がけをしたりすることで、抜群に居心地が良くなるのです。

僕の場合は、神社育ちで掃除に慣れているため、
掃除機の後は、なるべく自分の手と思いを込めやすい雑巾がけを
するように心がけています。

雑巾がけは、かなりの体力を消耗する作業ですが、
もし、これが難しいという方は、モップがけでも大丈夫です。

要は、雑巾であろうが、モップであろうが、
確実に自分の「手と想い」さえしっかり使っていれば
物質的な見た目も、見えないエネルギーの汚れの付着も
ある程度は綺麗になりますから。

僕が大好きな沖縄の方言で、
「てぃ~あんだ~」という言葉がありますが
この精神、心構えは、全て、その中に集約されています。

手の脂、もとい、人は手を使って愛情を込めて
料理をしたり、掃除をしたり、色々なものごとと向き合っていくと、
その想いは、相手の心にしっかり届き、
それはやがて、心の健康、身体の健康や幸せ自体に繋がっていく・・・という
とても素晴らしい含蓄のある人生訓でもあります。

だからと言って、全てを手作業でやろうとすると
現代の社会にはマッチしませんから、
適度に文明の利器を活用しながらも、このてぃ~あんだ~の精神を
実践していく人たちがいれば、
確実に幸せな人たちが増えてくると思っています。

同じ家で暮らす家族の中で、誰でもいいから先ずは1人が幸せになれば、
その想いやエネルギーは全ての人とは言いませんが、
同じような想いで暮らしている人たちが周りにいれば、確実に波及していきます。

1人が幸せになるためには、家の中の状態が
物質的にも、エネルギー的にも健やかで整っていて
温かさがある空間でなければいけません。

例え大勢の家族で生活していようが、1人暮らしであろうが、
その空間を物質的にも、エネルギー的にも大切にする・・・という想いがあれば
どのような管理の仕方が理想的なのか、
おのずと見えてくるものがありますよね。

子供は騒音が大好きですし、ある意味、騒音を出すのが仕事。

でも、子供の騒音には、その騒音に勝る、
見えないエネルギーのピュアな活気があります。

騒音は騒音なので、たとえば子供が悪さをしたり、喧嘩をしたり、
悲しいことで泣いたり、叫んだりした時は、
その「負」のエネルギーだけを吸い取り、拭き取る意識で
すかさず掃除をすると、そこには、活気と子供を想う親の優しい想いだけが
しっかりと残され、やがては、それらのエネルギーが
その家の御守りとなって、より居心地の良い空間になっていくことでしょう。

どんな状況においても、結局は、その人の想い次第、
てぃ~あんだ~の使い方次第です。

自らの身体、手、そして想いを一緒に込めて
何かの作業をしていく、何かとしっかり向き合っていく。

これからも、この人間的な感覚、素晴らしさを大切に
僕自身、自分なりの想いが籠った人生を積み重ねていきたいな・・・と素直に思えました。



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Posted by 山野本竜規 at 08:27 │心の在り方 (2,645)▼