山野本竜規の続・ナカトリモチ日記
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自分を労わるために必要なこと。

2024年10月15日

自分を労わるために必要なこと。

福岡出張前のブログで、ほんの少しだけ
「サイゼリア愛」について触れた日記を書いたのですが、
残念ながら今回の出張はスケジュールがタイトだったので、
1人の時に外食する時間もなくサイゼリアに足を運ぶ機会はありませんでした。

会食があった夜を除いて、それ以外の夕食は
外に出かけてご飯を食べる時間も勿体なかったので
結局、近くのコンビニでサラダやみそ汁などを買って来て
ホテルの部屋の中で静かに食べる・・・という、いつものパターンに落ち着いたのです。

コンビニは県外出張の時以外、沖縄でもほとんど行かないので、
やはり1つ1つの商品単価が高いのは驚きますが、まぁ、便利で時間関係なく、
ある程度のものが手に入るという点において、この値段も仕方ないかなぁ・・・と。

多分、サラダ・スモークささみ、みそ汁、おにぎりの4品で千円くらいだったので
これに少し料金をプラスしたらサイゼリアを単品で注文した
コースに匹敵するくらいの値段です。

自分を労わるために必要なこと。 自分を労わるために必要なこと。

自分を労わるために必要なこと。 自分を労わるために必要なこと。

値段だけを見ると、さほど変わりはありませんが、
サイゼリアの店舗を探してホテルから店まで行く→注文する→食べるという
時間と労力を考えたら、少しでも有効活用して過ごしたかった
今回のタイトな福岡出張スケジュールの場合は、
コンビニのほうが断然、都合が良かったので、サイゼリアは、また次回、別の出張の時かなぁ。

今回の福岡出張中、皆で集まって楽しく過ごす会食に備えて、
それ以外の日の夕食は、同じコンビニで買ったほぼ同じようなメニューで、
これを1人、静かにホテルの部屋で食べていました。

コロナ禍を挟んで、「1人で静かに部屋でご飯を食べる」という、
この雰囲気にも慣れてきました。

本来であれば、せっかく、いつもと違う場所に来ているのだから、
その地域特有の雰囲気も肌で感じたいし、地元の美味しいものも味わいたいし、
沖縄では食べられないものや、沖縄にないチェーン店を利用してみたい。

その想いは変わらずありつつも、
年齢を重ねて、「お店が混雑していたら、疲れるから遠慮しておこう。」とか
「明日の仕事に差し支えるから、外で食べるのは控えておこう。」と
自身の気力体力に重点を置いて、
県外出張中のスケジュール管理をするようになりました。

勿論、プライベートの旅行であれば、その限りではありません。

しかし、これが仕事となると、どうしても対面で色々な方にお会いするため、
県外出張中に体調不良で迷惑は絶対にかけられないということもあり、
基本的に、お誘いがあったとしても他の誰かと会って食事をしたりすることは
以前からありませんでした。まぁ、仕事だから当然と言えば当然なのですが。

唯一、半年に一度、各地で行われる、
プロのためのカウンセラー勉強会では終了後に参加者が集まって
皆で打ち上げを兼ねて美味しいものを食べ、楽しい会話で盛り上がるのですが、
仕事で会食を兼ねて過ごすのは、せいぜい、そのくらいです。

このように人には、それぞれ、その年齢や生活環境に見合った
自分1人の時間と、それ以外の時間の過ごし方の変化というものがあるものです。

ずっと変わらず、同じような生活を続けている人たちもいますし、
それはそれで元気で楽しくて良いものかも知れませんが、
これも他人は他人で、僕は僕なので、
その人らしい過ごし方がどんなものなのかを自分である程度、理解できていることが
幸せなのではないかなと思っています。

僕の知り合いの中には、とにかく毎日のように誰かと会って、
賑やかに過ごし、お酒を飲んで、その宴会の記憶や会話の内容は覚えていないけれど、
それでも楽しかった・・・と翌朝振り返って、またその夜に・・・という日々を送っている、
根っからの陽キャタイプの人たちが少なからず存在します、笑。

僕と同じくらいの年齢か、もう少し上の年齢なのに、
毎日お酒を飲んで、賑やかにワイワイ過ごしても身体1つ壊さず、
むしろ、楽しく陽気で生き生きとしているような人たちなので、
ほぼほぼ、違う生き物だと感じるくらい別次元の人たちです。

そもそも、お酒に強いだとか、いくら多くの人たちと賑やかに過ごしても
睡眠時間が少なくて平気だとか、身体的な遺伝の要素もあるとは思うのですが、
到底、僕なんか、その知り合いたちの真似なんて出来ないくらい活動的。

きっと僕も20代くらいまでは、このようなタイプの人になろうと、
それなりに無理をして、なるべく仕事での食事やお酒のお誘いを断らないように
努力していた時期があったと思うのですが、
やはり、どうにもこうにも、どんなに努力をしようとしたとしても、
この手の雰囲気に馴染めず、30歳そこそこで、この手の努力や無理は全て手放しました。

「これは心から楽しめる人がやればいいだけのことなんだ。」と。

もともとお酒が一滴も飲めないアルコールアレルギーというのもあるのですが、
お酒が好きな人で、とにかく賑やかに過ごすことが好きな人たちって、
その瞬間の陽気さや楽しさは共有できたとしても、
翌日、ほぼほぼ会話を覚えていない・・・ということが普通。

まぁ、シラフの人間とお酒をこよなく愛する人たちが同席した会食(という名の宴会)は、
このギャップが激しくて、僕はどうも賑やかすぎると、どうしても疲れてしまうため、
「こればかりは、努力や無理をしてまで、同じ場にいる必要もないよな。」と
比較的若いうちから、その部分を手放すことにした経緯があります。

あっ、勿論、親しくない人たちとのお酒を含む同席は論外で、
ここは一貫して20代の頃から、なるべく避けるようにしていましたし、
あくまで親しい人たちの中で、お酒好きの人たちがいた場合についての話です。

後者の場合は、それぞれのSNSなどで、
「あぁ、また楽しく陽気に飲んでらっしゃるな~。賑やかそうだなぁ~。」と
微笑ましい気持ちで眺めていますので、それで一緒に同席した気分になりますし、
こちらまで楽しい気持ちになるので、それで十分でもあります。

人には人それぞれの裁量というか、それは体質や性分も含め、
その人に合った進み方、生活の仕方、仕事の仕方、生き方というものがあるものです。

人が心豊かに生きる方法の1つは、
上記のような「自分に何が合っていて、何が合わないのか。」を
それとなく理解して、可能な限り優先させていくことが「ご自愛下さい」の「自愛」に
繋がるものではないでしょうか。

他の誰でもない自分自身で、しっかり明確な意志を持ち、
「無理をし過ぎない」「間違った努力はしない」に早く気づき、
自分自身の「合っているかもな。」を知る努力と実践を積み重ねていくことが、
きっとその人なりの心豊かな生き方に繋がっていくのでしょうね。

自我を通し過ぎず、わがままになり過ぎず、
だけれども、大切な根幹は、絶対に守り抜きながら、
自分なりに快適と思える時間を増やしていければ理想的ですね。




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