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失恋した女性が夜な夜な現れる社宅の部屋。
2020年06月29日


沖縄は毎日暑くて日中はあまり外で長居できないくらいの日射しの強さが続いています。
さて、なかなかブログ更新が出来ずにいますが、皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。
僕はそこまで大したことではないのですが、先週、数時間で終わる小さな手術をしまして、
7月の中旬にもう一度、似たような手術をする予定ですので、術後も含め、
なるべく安静にして頭を休めておかなければいけなかったため、
事務作業を一時中断しておりました。
僕にとって2020年はとことん自分の身体と向き合い、
これまでの忙しさで見過ごしてきた身体のメンテナンスを徹底的に行う時期だと
個人的に感じているので、今のうちに出来る治療はとことんやっておきたいと思います。
以前のブログでも呟いたことがあるのですが、
「治療の次の予約は・・・。」と、出張を含めた仕事のスケジュールを気にして見送ったり、
先送りになってしまうようなストレスが一切ない今年の生活は、
僕にとってとても快適で「簡単に治療の予約が取れる環境っていいものだな。」と
今の治療、通院生活を満喫しております、笑。
閑話休題。
さて先々週あたりに土地や家、引っ越しにまつわるエピソードをポツポツと公開しており、
本来は1週間以内で終わる予定でしたが、
上記のような理由のため、一時事務作業を中断していた経緯もあり、
なかなかシリーズ化することが出来ませんでした。
これもまぁ、一気にご紹介するというよりは、
不定期でご紹介したほうがいいのかな・・・ということで、あっさりと方向転換しまして、
今後は、ご紹介できる時に、色々なエピソードをお伝えするということにしますね。
6月にご紹介したのは、今のところ2つのエピソードでしょうかね。
*「滞った運気を良い流れに変えてくれる方違え(かたたがえ)」
*「幽霊物件の話。~子供時代に人生のどん底を感じた家~」
今日はそのシリーズの続きで僕が社会人1年目に経験した「社宅」の話です。
大学卒業後、全く縁もゆかりもない地域で就職することになった僕は、
会社が用意してくれた社宅に入居することになりました。
建物はとても古く、当時で築35年位。
色々な箇所が傷んでいて、カビも生えているような陰鬱な3~4階建ての集合住宅で
周りの建物に光を遮られて、ほとんど太陽の光が入ってこない社宅でした。
ここで生活すると、家賃はほぼ無料になるため、
まだ入社間もない新社会人に会社側が配慮してくれた形でしょうけれど、
僕はその社宅に入った瞬間から、もう動物的な本能で寒気と嫌な気持ちにしかならず、
「会社側の厚意は本当に有難いのだけれど、ここを何としてでも一刻も早く出なければ。
自分の給料から家賃を払ったとしてでも(本来、これが普通ですから)、別の家に住みたい。」と
感じたほど、とにかく古いだけではない「嫌な」雰囲気が漂っていました。
新社会人になりたての頃、そしてその会社に勤めていた頃、
僕が極度の霊媒体質で、そういう見えないものや聞こえないものが
普通に見えたり、聞こえたりしてしまうことは、ほぼ口外しておらず、
本当にごく一部の親しい社員の人にだけしか打ち明けていなかったので、
「この社宅、とにかくエネルギー的に雰囲気が最悪だから退去します。
お金を払ってでも別の場所に住まわせて下さい。」なんて言えるはずもありません。
入社したてでマスコミのノウハウを覚えなければいけない時期でもあり、
毎日、クタクタになって疲れて帰ってくるのですが、
それでも、その社宅の部屋には戻りたくなくて、遠回りをして帰宅していたほどです。
その社宅に入居して1週間ほど経った頃、真夜中に金縛りに遭ってしまい、
あまりの息苦しさで目が覚めると、僕の顔の右側に見知らぬ女性が立っていました。
まだ20代半ば、表現として適切かどうかわかりませんが、
幽霊にしては貧相な表情、雰囲気などでは全くなく、
とても生気のある表情、お洒落な恰好で、本当に誰か間違えて部屋に入ってきたのかと
錯覚してしまうくらい、幽霊っぽくない女性なのです。
僕の顔の右側から、じっと僕を見下ろして何か呟いているのですが、
その表情は生気があるにも関わらず、とても物悲しい目をしていたのが印象的です。
金縛りは5分ほどで解けて、身体の自由も効くようになり、
思いっきり右腕を振り払うような形で呪縛を解くかのように起き上がると、
その女性も一緒に消えてしまいました。
「今まで見た幽霊とは、何か違うぞ。一体、何だろう、この違和感は。」
翌日、社宅で起こった出来事を誰にも言える訳もなく、
普通に仕事をこなして、また真夜中になりましたが、
やっぱり昨晩と同じように、耳鳴りと共に金縛りに遭い、あの幽霊っぽくない女性が
僕の顔の右側に立って、じーっとこちらを見下ろしていました。
昨夜はブツブツ何かを呟いているのは分かったのですが、
何を呟いているのかまでは理解出来なかったので、
こちらも意地になって金縛りのまま、その女性が何を呟いているのか目を凝らして
意識を集中させてみると・・・。
「・・・んで、・・・ったの。・・・くん。」
「なんで、いなくなったの。〇〇くん。」
どうやら、突然、女性の前からいなくなった誰か(男性)を探しているようでした。
ここからは、霊的感覚が関わってくる分野なので全てをご理解頂かなくて結構なのですが、
こういう見えない何かとのコミュニケーションって、
普通の人と人が言葉や表情でやり取りする積み重ね方とは違って、
ほんの一瞬にして、まるでフラッシュバックのように、
その情報が一気に伝えられることがよくあります。
勿論、全てのケースという訳ではないのですが、
言葉や文章にすると何分もかかるような内容であったとしても、
ほんの一瞬で、その生活背景とか、どういうことを訴えたくて目の前に現れているのか、
もっと簡単な言葉で言えば、どういう気持ちで現れているのかなど。
その女性の物悲しい目を見た時に、その一瞬の情報量が全て伝わってきて、
「あぁ、だからこの家に毎夜、毎夜、来ているんだね。」と合点がいきました。
実はこの女性の正体、幽霊ではなく、分かりやすい表現で言えば生霊、
つまりまだこの世で生きている女性の強い想いが、
その想いを向ける相手が住んでいたであろう家に残像として停滞していたのが
全ての原因でもありました。
一瞬で伝わってくる情報の中には、
女性が一方的に付き合っていた男性に振られたこと、
その振られ方、別れ方があまりにも酷いもので、
そのことが悲しくて悲しくて今でも忘れられないこと、
その社宅の部屋に何度も遊びに来ていたのに、突然締め出されるように
追い払われてしまったこと・・・。
若いうちは大なり小なり、こういう情愛のもつれのような別れ話はあるものだと思いますが、
瞬時で悟ったのは、
「この女性を振った男は、社会人としてはともかく人間としては最低最悪の野郎だな。」ということ。
社宅の人間ということは、その原因を作ったのは僕の当時の会社の先輩(男)ということになります。
でも不思議だったのが、何故、金縛りに遭って女性が立つ位置が
僕の顔の右側だったのか・・・ということで、
女性は時折、僕の右側の更にその先を眺めていることが多く、
その視線の先には古びた使っていない押入れがありました。
翌朝、僕はその使っていない古びた押入れを空けてみると、
以前にこの部屋を使っていたであろう住人の私物というか、手紙が入った薄汚れた缶箱があって、
ついつい中身を空けて、その手紙を読んでみると・・・。
毎夜現れていた女性と思われる人が、会社の先輩に向けて認めたであろう恋文で、
そこに書かれていた「〇〇くん」で、僕はそれが誰なのかを知ることになりました。
えぇ、勿論、社会人としてはそれなりの仕事をしている人かも知れませんが、
やっぱり、人間としては最低最悪の野郎でしたよ。
これが原因ではないのですが、僕はその先輩とは本当に何から何まで意見が合わず、
意見というより、生き方、価値観全てが相容れない人で、
結局、その会社にいる間は、業務の話以外、ほとんど私的な会話をすることなく過ごしました。
とても意地悪で、人としても最低で、なのに会社や上司に媚を売るのが得意で
処世術だけは長けている・・・という、僕が最も人間として嫌いなタイプでしたから。
話を社宅に戻すと、その部屋は以前、僕が最もその会社で嫌いだった先輩が使っていた部屋で、
その部屋に以前恋人だった女性を呼んで過ごしていたにも関わらず、
一方的にその女性を振って酷い別れ方をし、それでもその男性を忘れられない女性の生霊が
夜な夜な、もうすでに別の住人になってしまった部屋に現れていた・・・という顛末ですが、
僕はここで1つ疑問が生まれました。
生霊なのだから、現在進行形で、
酷い別れ方をした元恋人の男性の夢枕にでも立てばいいはずなのに、
何故、既にその男性がいない、別の住人に変わってしまった部屋に現れるのか・・・という点です。
これは僕がまだ若かったこともあり、あまり理解出来ずにいましたが、
人は大なり小なり、思い出の場所、それが特に色恋沙汰で良い思い出が
残っているような場所に関しては、やはり「思い入れ」が強いものだということ。
今は酷い別れ方をして、もうすでに昔のような甘い生活に戻ることは出来ないけれど、
あの甘い時間を過ごした場所は、人によっては、それが全てであり、
その場所や空間に思い入れが強いタイプの人は、
いつまで経っても「無意識のうちに」、その情念を燃やし続けるものだと思います。
ある程度の性格の差もあると思いますが、
殊、甘い時間を過ごした場所や空間にこだわりが強い人たちというのは、
現在進行形であったとしても、その昔の場所や空間にしがみつくものであり、
これも人の心の弱さというか、人生の機微の一部分だろうな・・・と
今であれば理解できます。
まぁ、あまり物事の善悪で判断は出来ないものですが、
発展的ではない思いの入れ方だな・・・と個人的に感じます。
僕の場合は生まれながらの体質で、
その社宅が何故居心地が悪かったのか、偶然その原因を知ることが出来ましたが、
極度の霊媒体質ではない人たちが同じ部屋に住むことになると、
全く影響を受けないか、私生活で影響が出るかのどちらかです。
生霊の女性は失恋が原因でその部屋に執着していたので、
似たような色恋沙汰で失敗したり、
普段であれば絶対に選ばないような合わないタイプの人に惹かれて
結果、痛い失敗をしてしまうなど、
似たような追体験を無意識に新しい住人がしてしまう負の連鎖が続くこともあります。
で・・・。
その後、どうなったのかと言いますと、
僕は手紙のこと、女性のことは一切誰にも口外せず、2ヶ月ほどその社宅で過ごし、
色々な仕事の疲れとストレスで喘息を発症したため、
通っていたクリニックに相談して、
「カビが生えているなど住環境も要因の1つ」という診断書をもらい、
早々とその社宅を出て、自分の給料の中から家賃を払う形で別の場所に引っ越しました。
勿論、引っ越した後に、女性が僕のところに現れることは一切ありませんでした。
でも、今の僕であれば、あの時の生霊の女性に
「あんな人として最低最悪の野郎と別れて良かったですよ。
それ以上不幸にならずに済んだのだから。」とお伝えしたいくらいです、笑。
人として最低最悪の野郎と結婚しても
絶対に上手くいってなかっただろうし、そのおかげで、また新しい出会いが訪れる
チャンスが生まれたのは事実なのですから。
そのあとにはまた別の社員がその古い社宅に入居したはずなので、
その後、どうなったのかは知りませんが、
元々古い建物だったので、僕がその会社を辞めて数年後には、
その社宅は取り壊された・・・と聞きました。
ここで1つ良かったのは、生霊にしても死霊にしても、
これまで執着していた建物、場所がなくなり、ガラリと別の風景に変わってしまうということは、
逆に言えば、
「いつまでも自分はここに執着してはいけないな。」という気づかせのタイミングにもつながり、
そこで執着がパタリと途切れるという現象はよくあることでもあります。
生霊の場合は、無意識ですから、
その執着していた建物がなくなった途端、あれだけ恋しくて悲しくて仕方なかった思い出が、
急に色あせて、現実生活でも前を向くようになった・・・と、
その想いを発し続けていた女性が前向きになることもよくあります。
まぁ、建物自体、そう簡単に取り壊すことが出来ない物質ですから、
頻繁に建てては壊し・・・ということは現実的に難しいのですが、
その場所や建物に執着しやすいタイプの人にとってみれば、
それもその想いを断ち切るキッカケの1つになり得る・・・ということをお伝えしたかったのです。
極端な例え話で全てのケースに当てはまる訳ではありませんが、
古い幽霊が出現しやすいのは、
いつまでも街の景色が変わらない古都や、中世の街並みが残る国や地域という相場が
おおよそ決まっていますから。
理想は、そんな受け身な姿勢でいなくても、
自ら過去の嫌な想い、悲しい想いと決別して前を向く生き方が出来ることなのですけれど、
それがなかなか出来ないのも、これまた人間の情というものなのでしょう。
建物が古ければ古いほど、人の歴史も増えていくものだと思いますが、
古いからと言って悪影響があるという訳でもないし、その逆もまた然り。
家には家の数だけ色々な人の想いが宿り、時にはそれが良くない形として
残ってしまうこともあるということ。
もし仮に、皆さんが、
自分にとって「合わないな。」という家に住まなければいけなくなった時、
選択肢は無数にあることを想像して頂きたいのです。
とりあえずは一旦、我慢して様子を見てみる。
一刻も早く自分と合わない家から離れる。
気にならないのなら、そのまま住み続ける。
タイミングを見て、お金やその他の準備が整ってから次の場所に移る。
その時の経済状況、生活環境によって選択肢はいかようにでもあり、
それは最終的に、その本人が決めればいいだけのことです。
僕個人の場合で言えば、性格上も「合わないところは、とことん合わない。」という
どうしても変えられない性分がありますので、
ある程度までは我慢しますが、その我慢の限界を超えたら、
即、行動に移して、次の場所に引っ越しをすることでしょう。
だから、自分の性格、生き方、ライフスタイルなどを冷静に鑑みても、
賃貸物件が一番、自分の性分に合っているのだろうなと感じています。
賃貸物件の一番の利点は、
移りたくなったら、すぐにでも別の場所に移ることが出来るという点。
勿論、引っ越しをする度にそれなりの金額はかかりますが、
一生涯、嫌な場所、合わない物件で我慢し続けるような縛りがないという点において、
僕にとってはこれほど理想的なシステムはないとさえ感じてしまうほどです。
その逆で、しっかり1つの場所、地域に根を下ろし、
一生涯、同じ場所で生きていくという生き方もあり、
これはこれでとても素晴らしいと感じています。
後者のタイプの人たちは、余裕があれば賃貸よりも一軒家、
または購入が向いているでしょうから、
やはり、賃貸派なのか、持ち家派なのかは、
その人や周りの家族を含めた住人が、どのようなライフスタイルを良しとするのかを
他の誰でもない自分自身でしっかり考えた上で決めたらいいだけのことだと思います。
少なくとも僕のようなタイプは、過去の経験からも、
1つの家、1つの部屋、1つの地域に縛られて生きるよりも、
その時の生活環境、ライフスタイルの変化に応じて住む家も場所も変えていく生き方のほうが
断然、心地良いと感じるため、これからもこのスタンスは変わらないことでしょう。
そして引っ越し経験が多いからこそ、色々な家のタイプ、雰囲気、
土地や家相などを含めた様々な観点からの造詣を深めることが出来ているため、
これも今の仕事に大いに役に立っています。
僕自身、色々な賃貸物件に住んでみて、
本当に何もかもが良かったところと、その逆で何もかもが悪かったところ、
満遍なく経験させてもらっていますが、1つだけお伝えできるとしたら、
そのどちらの経験全ても、今の自分にとっては良い糧となっているということ。
これって人生と同じだな・・・と常々感じています。
良い出来事も、心の底から悲しかったり怒ったり残念だったりする出来事も、
やがて時間が経てば、それら全てが自身を醸造する良い旨味となり、
更に人生の深み、心豊かさというものがどういうものかが
ゆっくりじっくり味わい深く感じてくるものです。
僕がこれまで生活した賃貸物件や、滞在したホテルなどでの経験は
まだまだ沢山のエピソードがありますが、それはまた次のタイミングが来た時にでも
お伝えしたいと思います。
Posted by 山野本竜規 at 17:35
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