山野本竜規の続・ナカトリモチ日記
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桜咲いて、元気をもらう。

2012年09月14日

桜咲いて、元気をもらう。 桜咲いて、元気をもらう。

ここヒドゥンバリーでも、ようやく春の気配を感じられるようになりました。

広大な敷地内の一角に、桜が咲いているのを発見し
昨日、休憩時間を利用して、しばし桜の木の下で
のんびり過ごしながら、日々の生活のことを振り返っていました。

外国人からしてみれば、どこにでもある花が咲く木かも知れませんが、
日本人にとっては、桜の木は、春の訪れや希望をもたらしてくれるような
何か特別な感じを抱くものだと思います。

写真の桜の木ではないのですが、
桜の花の蕾が膨らみ始める随分前に
仕事の一環として、伸びきった木の枝などを切る作業がありました。

その時は、それが桜の木だとは知らずに
のこぎり片手に木によじ登って枝などを切っていましたが
あとから桜の木だと知って、少しショックだったのです。

勿論、仕事で、指示通りに木を切っただけですし、
全ての木の枝を切り落とした訳ではないので
別に問題なかったはずなのですが、
僕の中では、そのことがすごく気がかりで
「ちゃんと咲いてくれるのかな。」と、ずっと心の中にひっかかっていました。

広大な敷地のため、その桜の木を見に行くこともままならず、
おまけに1日のスケジュールは完全に管理されているので
その場所までは足を運ぶ機会がなかったのですが
昨日の午前中、休憩時間にその場所まで行くことができて
その木と久しぶりに再会することが出来ました。

まだ僕たちが枝を切り落としたところが生々しく思えましたが
その気持ちとは対照的に、残っていた枝の先には
立派に桜の花が咲いていて、
その生命力の強さというか、大自然の力に
どういう訳か、涙が出そうになるくらい励まされました。

たとえ枝を切り落とされたとしても、
残っている枝から花を咲かせ、精一杯生きているのです。

僕たち人間の人生も、
この枝を切り落とされた桜の花のようにありたいものだな・・・と
しみじみ実感した次第です。

与えられた人生、限られた生活環境の中で
いかに自分が精一杯生きていけるのか。
または、生きる努力をしていくのか。

大自然は、このように、色々な形で
そっと、僕たちに生きる力、メッセージを伝えてくれます。

日本から遠く離れたオーストラリアの内陸で
日本人の心、桜の花を眺めながら
とても勇気づけられた素敵な1日でした。

Posted by 山野本竜規 at 08:41