山野本竜規の続・ナカトリモチ日記
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家の中にある明るい場所、暗い場所。~人間の心と同じです~

2024年04月02日

家の中にある明るい場所、暗い場所。~人間の心と同じです~

一昨日までの大雨で、その後、天気が回復した途端、
一気に蒸し暑さが増し、まるで梅雨の季節のようなジメジメが続く沖縄地方。

今日はたまらず、仕事から帰宅した後、
今年初めてとなるエアコンの除湿機能をオンにして湿度を下げながら
家の中で過ごしています。床のジメジメがずっと取れないんですよ。
これを放置すると、あっという間にカビが発生するのでゲンナリします、汗。

まだ4月も始まったばかりだというのに、梅雨のような湿度の高さと
格闘しなければならず、これが10月終わりまで長く続く沖縄の暑さって、
若い頃はまだ大丈夫だったとしても年々、負担になってくるようになり、
本土の爽やかな春や秋の感覚が、とにかく懐かしく感じる今日この頃です。

とは言え、自然相手に文句ばかりは言っていられないので
4月なのにジメジメする蒸し暑さも、それなりに受け入れていくしかないのですが、
そんな中でも、ささやかな楽しみ、喜びがあるものです。

冒頭の写真は、沖縄の海沿いであれば何の変哲もない、
ごくありふれた風景の一部なのですが、僕はこの場所の、
そこから見える景色を見ると、心が和むという限定的なスポットです。


観光名所でもなければ、誰もが普通に通り過ぎるただの道路で、
信号待ちの時に、その向こうに見える海の色が
日によって、天気によって毎日変わっている様子を眺めるのが
この場所を通る時の僕の中のお約束。

たったそれだけのこと、場所なのですが、
きっと誰にでも、日常生活の中で、ふとした瞬間、「いいな。」と感じる
限定的な風景や場所、スポットがあるものだと思います。

「ここを通ると、春の季節は桜が見られる。」
「ここを通ると、空や緑が映えるから好き。」
「ここを通ると、いつも自然の良い香りがする。」など。

別に誰かに報告するわけでもないし、誰かに分かってもらおうとも思わないけれど、
自分にとって大切に思える限定的なスポットがあるだけで、
色々な気持ちの切り替えが上手くいくものではないかなぁ・・・と思うのです。

・・・というよりも、特別な意味付けなんてしなくても、
そのような場所があるだけで、ほんの少しは幸せである証拠とも言えます。

というのも、本当に心がいっぱいいっぱいで、
目の前のことに忙殺されていたり、日々の生活が大変だったりすると、
そのような感情、感覚さえ一時的に失ってしまうこともあるものですから。

だから、限定的なスポットで一息つける心の余裕があるというのは
それだけでほんの少しは幸せなことなのだと感じています。

ちなみに僕の場合、この目の前に段々と海が近づいてきて、
信号待ちの間に海と空の色を確認するリセット作業に近い感覚を経験して
数分後、今日は、いつも以上に自分勝手なタクシーの
ノロノロ運転の車に心の中でブチ切れてしまいました、汗。

昨日のブログで書いた通りの沖縄の自分勝手なノロノロ運転、
本当に心の底からうんざりしてしまいます、涙。
もうねっ、もう1回、自動車教習所通い直すか、免許返納しろよ・・・というレベル。

これが一般ドライバーなら腹が立つ程度で済みますが、
沖縄ではプロであるタクシーやトラック運転手が当たり前のようにやらかすから
本当に毎度毎度、ゲンナリしてしまうのです。

*「悪意はないけど超絶ノロマな人が嫌いな件。」2024年4月1日

数分前まで綺麗なお気に入りの景色に心が癒され、
その直後、マナー違反ばかりするタクシーの運転に心底イライラし、
その乱高下も激しいものがありますが、
まぁ、僕の中ではそれも平常通りというか、どちらの感情もあってこそ、
人間らしい生活なのだろうな・・・と受け止めています。

閑話休題。

今日は家屋のお祓いの仕事で外出していたのですが、
よく依頼主の方から質問されることの1つに、
「部屋全体ではなく部屋のどこか一部が暗くて気になる。」という内容があります。

それが家によっては、玄関だったり、奥にある部屋だったり、リビングだったりする訳で
これは建物の構造上や日が当たる場所、そうではない場所など
色々な物理的な要素が加わって、明るい場所と、そうではない場所が出てくるもので
逆に言えば、それでこそ「健全な家」という見方が出来ます。

今日は春休みでお子さんもいらっしゃったので、お子さんたちにも伝わる表現で、
「1日中、ずっと明るく笑っているカラ元気な人って、逆に心配になりませんか?」と
突拍子もない例え話で、その事象をご説明しました。

人間だから機嫌が良い時もあれば、機嫌が悪い時もある。
調子が良い時もあれば、そうではない時もある。
心から笑える時もあれば、全く笑顔になれない時もある。

それでこそ表情豊かな人の心が少しずつ味わい深いお酒のように醸造されていくものだと
僕自身、受け止めています。

家の部屋も同じように、全部が明るい場所だと逆に落ち着きません。

陰と陽、正と負の関係のように、
明るいスポット、部屋と、そうではなく少しだけ暗いスポット、部屋があったほうが
逆にバランスが取れて落ち着くことが多いのです。

明るい場所であるならば、なるべく家族皆が集えるところにして、
1人暮らしであれば、そこで長い時間を過ごす場所に設定する。

その逆で少し暗い場所であれば、寝るには最適の場所でもあるため、
寝室にしたり、しっかり集中する作業にも適していることが多いので
勉強や仕事の作業部屋に充てることで、家の用途も明確になってきます。

瞑想やヨガなど心を静かにする場所にも向いていることが多いので
家の中で暗いと感じるスポット、お部屋は、そのような使い方が出来ると
理想的です。

何より全てが明るく照らされるような家って、やはり落ち着きません。

明るい場所もあり、適度に暗く感じる場所もある。

僕が今住んでいる家にも、その両方がありますが、
おのずと明るい場所にリビングやキッチンがあり、
暗く感じる場所は寝室や作業部屋として使っています。

人間も同じように、明るい部分もあれば、そうではない部分もある。
日常生活もそれと同じく、明るい部分もあれば、そうではない部分もある。
人生自体も、また同じ。

総体的に捉えると、それがごく自然なことであり、
良いことも、そうではないことも、どちらの感情も大切にしながら、
それでこそ人間らしい生き方なのだと受け止めることが出来れば、
もっと自身を雁字搦めの感情から解放して自由度が増えていくのではないかなと
常々感じています。

家の構造も全く同じ。
明るい場所と暗い場所があるからこそ、そのバランスが整っています。

逆に日が全く当たらない暗い場所しか存在しないような部屋、家などであれば
その中で、どこか一か所だけでも、在宅時は電灯などを使って
努めて明るく保つことで気分の落ち込みを減らす効果もあるでしょう。

また明るすぎる家の場合も意図的に一か所だけクールダウンできるような
少しだけ暗い場所を遮光カーテンなどを用いて作り出すことで
良いメリハリが出来て、落ち着くこともよくあります。

全ては程良いバランスが一番。

「家は明るくないと運気が下がる。気持ちも下がる。」と思っておられる方も
意外なほど多くいらっしゃるのですが、
家は明るい場所も、暗い場所も、両方あってこそ良いバランスを保っているものですので
「家=人間の心と同じ」と捉えて頂ければ、イメージしやすいのではないでしょうか。

ほぼ年がら年中、湿度とカビの発生と格闘しなければいけない沖縄の場合、
特に暗い場所というのは、本当にすぐに湿気がたまり、カビが発生しやすいという
物理的な苦悩がつきまといます。

僕も家の中で日が当たりづらく、湿度が特に高めの場所は
それらに気を付けながら風通しだけはよくして、乾燥剤やサーキュレーターで
湿気対策をするように心がけていますが、
それでも間に合わないこともあるのが沖縄のしつこい湿気。

またこれらと格闘する季節が本格的にやってきたのは
個人的に本当に憂鬱な部分なのですが、
自分なりにお気に入りのスポットや良い感覚のものに適度に触れながら
そのバランスを取っていけたらいいなと思っています。



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Posted by 山野本竜規 at 21:30 │心の在り方 (2,645)▼